まちごとホテルに泊まって、旅先の日常に溶け込む
近鉄布施駅の駅前に、約1.8kmにわたって続くアーケード。地域に愛され、商売に溢れるこの布施商店街のなかに「SEKAI HOTEL Fuse」はあるらしい。
アーケードに響く、関西弁のおばちゃんたちの笑い声を聞きながら歩いていると「婦人服 キヨシマ」という看板を掲げた建物があった。よく見ると、ガラスの扉には「SEKAI HOTEL Fuse」のロゴがプリントされている。ここがホテルのフロントだった。
SEKAI HOTEL Fuseは、街全体を一つのホテルに見立てている、いわば「まちごとホテル」だ。フロントや客室などのホテル機能が、街の中に分散している。ホテルの大浴場の代わりに銭湯に入り、ホテルのビュッフェの代わりに地元の喫茶店でモーニングを食べる。布施の日常に溶け込むような宿泊体験ができ、大阪下町の”粋なふれあい”を感じることができるのだ。
例えば、チェックインの時にフロントスタッフから街の地図を渡される。これは単なる地図ではなく「SEKAI PASS」といって、パートナーショップに提示すると特別なおまけや特典などを受けられる。とある居酒屋では、宿泊ゲストがPASSの提示に加えて「大将、いつもの!」と言うと、その日のおすすめの一品を注文できるのだ。初めての街でも常連気分を味わえる、面白い仕掛け。「SEKAI PASS」が、布施商店街の扉を開けてくれる!
今回、お話を伺ったのは、SEKAI HOTEL株式会社プロジェクトマネージャーの北川茉莉さん。
「正社員のプロジェクトマネージャーとして働いてくれる人を探しています。私たちはゆくゆく全国に20拠点展開していくことを目指しているので、まずはフロントの現場を体験し、その経験を他の地域に展開していくためのノウハウとして蓄積できる人。そして、それにワクワクできる人がいたら、と思います。」
SEKAI HOTEL Fuseが目指す世界と、ここで働く魅力について、北川さんは柔らかな笑顔で語ってくれた。
(チェックイン時にゲストに引いてもらう「布施みくじ」と北川さん)
「あたかもよし」な恰好良さ。未来の世代のためのまちづくり。
「私たちはホテル運営において、"恰好いい(かっこいい)"を大切にしています。"あたかもよし"と書いて"かっこいい"。飾りつけたかっこよさではなく、(状態が)ちょうどいいさまを目指しましょうと。事業の進め方やサービスの提供に対して、適切で本質的であるという姿勢を意味しています。お客様からいただく金額についても同様です。また、街という単位に対して、適切なあり方で人を呼びたいと考えています。」
過剰な発展を求めるのではなく、街に寄り添ったホテルの在り方を意識している。そして「布施のことだけというより、日本の地域やその魅力をどう残していくかを考えている」そうだ。宿泊の場を通して、未来の世代に向けての地域づくりを進めているのも、SEKAI HOTEL Fuseらしい取り組みだ。
「うちの社長は、まだ生まれていない子供たちのために、より良い事業を作りたいと常々言っています。未来の街で生きる子供たちのことを想像しながら街を作っていく必要があると考えており、その思いから地域の子供向けイベントなども行っています。
その一環として『ソーシャルグッド200』という取り組みがあります。宿泊料金の一部(200円)が、自動的に地域の未来のために積み立てられる仕組みです。宿泊ゲストは、チェックアウト時にどの活動にその寄付を充ててほしいかを選ぶことができます。選択肢としては、新しい客室の建設や、子どもたちのための活動などがありますね。」
今を最適解にするためのホテル運営ではなく、少し先の未来を想像しながら今を生きる。そこに「一役買いたい」「一緒に取り組みたい」という人の輪が広がって、SEKAI HOTEL Fuseには素晴らしいスタッフが集まっているのだ。
経歴も個性も豊かなメンバーと、より良い社会を目指して
ホテルで働くスタッフについて、SEKAI HOTEL Fuseでは「ホラクラシー(※1)な組織」を目指しているそうだ。具体的にはどんなマインドセットが必要だろうか。
「スタッフには専門性を持ち、自信を持って仕事をする一方で、チームメンバーをリスペクトする姿勢が必要です。組織は縦割りや分業ではなく、各自の強みを活かし、フラットな関係で協力し合っています。議論は対等ですが、その目的は常にゲストの体験の向上や、より良い社会づくりを意識しているべきだと思います。」
現在、SEKAI HOTEL Fuseには、インタビューさせてもらった北川さんを含め3名の社員がいる。北川さんに、それぞれのメンバーについて他己紹介してもらった。
「小林さんは、ホテル経験者が会社にいない中で、拠点の立ち上げや支配人を経験し、今は宿泊の事業責任者をしています。主にバックヤードの業務として、具体的には労務や法務、宿泊料金の管理などをしています。不器用なところもあるけど(笑)、真面目で任された仕事を着実にこなしてくれる、とっても頼りになる存在です。SEKAI HOTELを0(ゼロ)からずっと見てきた人。
(左:北川さん 右:小林さん)
もう一人は新入社員の岡本さん。彼女は大学時代、リトアニアに1年間留学していた、ユニークな経歴の持ち主です。奈良県の生駒市出身で、地域と関わりながら働くことに興味があり、最初はインターンとしてSEKAI HOTELにきてくれました。就職するつもりはなかったそうですが、布施の街で過ごすうちに縁を感じ、ここで社会人としてスタートを切りました。岡本さんにとって大切なのは、特定の場所への愛着よりも、その街で暮らし、関係を築いていくことの方が魅力的なんだそうです。」
会社のメンバーについて語る北川さんは、まさにホテリエのお手本のような、優しい笑顔でほほえむ。でも、北川さん自身は「サービス業は得意ではあるが、それが『やりたいこと』や『好きなこと』ではなかったと思う」と言うので意外だった。
実は、北川さんは国立大学に在学中、学生団体の活動などに熱心に取り組み、色々な肩書きをもらいながら、「いい子」で、生きてきた。そんな自分に疲れた彼女がたどり着いたのが、この布施という街である。そこで、地元の人たちは肩書きではなく「神戸から来たまりちゃん」として、彼女自身を温かく迎えてくれた。「まりちゃんは何が好きなの?」「お茶でも飲んでき〜。」そんな何気ない、布施の人たちとの交流は、北川さんにとって特別なものだった。時には、お好み焼き屋のおばあちゃんに「あんたは孫みたいな子やから、お金なんて取れんわぁ!」と言われ、押し問答したこともあったそうだ。この環境に身を置けたことが嬉しく、北川さんは恩返しの気持ちを持ちながら、今日も布施で働いている。
(※1ホラクラシー:社内に役職や階級などがないフラットな組織形態のこと)
「この街だからこそ」できることと、寄り添いながらホテルを運営していく
現在、SEKAI HOTEL Fuseではカスタマージャーニーを分析し、ゲストの動きを把握するためのデータが蓄積されてきている。さらに、商店街の店舗とも連携し、ゲストが街でどのように動いているのかを可視化する取り組みも進行中である。
これによって、事業が地域経済の活性化につながっていることを証明し、さらに再現性のあるモデルとして確立できれば、地方自治体や大企業が対応できない地域でも「この街だからこそ成り立つ」独自の形で事業を展開できる可能性が見えてくるだろう。
いい意味で「この街だからこそ成り立つ」のは、ゲストの宿泊体験に関してだけではない。SEKAI HOTEL Fuseでは、なんとスタッフが週2日、連休でお休みを取れる。これも、この街ならではの運営スタイルだ。
「SEKAI HOTEL Fuseは、ホテルとしてはちょっと変わっていて、水曜と木曜がお休みなんです。地方の観光業って、普通365日休まず営業するものだと思われるんですけど、あえて週休2日にして、スタッフがまとめて休みが取れるようにしています。営業日を増やせば宿泊予約は入るかもしれませんが、それには正社員をもう1人雇う必要があって、その人件費がかかりますよね。で、それが本当に最適な解決策なのかと考えた結果、水曜と木曜は休館にしたんです。
まだ実験段階なんですが、今後客室も増やしますし、今の稼働率が続けばさらにお客さんが集まって、売り上げも伸びるんじゃないかなと期待してます。
一方で、これから他の地域に拠点を展開していくことになった時、布施では起こらなかったような問題が他の地域では出てくるかもしれません。でも、それも地域ごとにトライアンドエラーを繰り返して、最適なやり方を見つけていけるんじゃないかな。それがすごく楽しみです。地域ごとに商店街の営業日や事情も違うので、その街に合わせた営業スタイルを考えて、柔軟に対応していこうと思ってます。」
SEKAI HOTEL Fuseは、地域に溶け込みつつも、独自のアプローチで持続可能な事業モデルを模索している。スタッフが週休2日制を取れるというユニークな運営体制も、効率だけでなく、働きやすさや地域に適したやり方を追求する結果である。
北川さんは、そんな会社としてのチャレンジを「めちゃめちゃ面白いフェーズ」に入っていくところだと言い、イキイキと声を弾ませて話した。
No Borderなセカイへ
最後に、SEKAI HOTELが目指していることについて語っていただいた、
「私たちのビジョンは『No Borderなセカイ』です。事業を始めるとき、SEKAI HOTEL代表の矢野はこの絵を持って、ビジョンを掲げて、出資を募りました。」
「お祭りの夜の絵です。絵の中には、SEKAI HOTELスタッフや地元の方、観光客もいれば車椅子の方もいる。右上に描かれている建物の中には、子供たちと寺子屋のような学びの場も見えます。
お祭りの夜って、自分もみんなも浮き足立ってワクワクしていますよね。そういう時って、自分からいろんな人に、優しくなれる空間です。
SEKAI HOTELという事業として、そんなお祭りの夜のように、お互いに優しくできる環境を実現していきたいです。そして、布施に限らずどの街でもそんな素敵な瞬間を作れると信じています。世界に『No Border』だなって感じる瞬間を、増やしていけたらと思います。」
街に寄り添い、宿泊事業を通じて社会全体をよりよくしていく。地域とともに未来を築く姿勢が、SEKAI HOTELの大きな魅力と言えるだろう。ここで働く日々が、誰もが分け隔てなく交われる世界に繋がっている。