「えっ、こんなところに?」思わず声に出してしまった。祇園で賑わう観光客をかき分けながら、風情ある小路を歩き、石畳の坂道を上って、辿り着いたのが「RC HOTEL 京都八坂」である。京都のメイン観光スポットのど真ん中に、突然現れた築50年鉄筋コンクリート造の建物。通り過ぎる誰もが、その異様な風貌に惹かれて振り返る。
フロントに足を踏み入れるときに感じたのは、古い映画館に入るような高揚感だった。外側の通路の手すりや配管は、ところどころ色褪せたまま、時間の流れを受け止めている。だけどそんな館内を歩くホテルマンは、鮮烈な青色のユニフォームを凛と纏っている。そのギャップがまた、私の心を踊らせた。
この建物は元はアパートだった。異なるテーマでコーディネートされた客室が、全部で10室。コンクリート打ちっぱなしの室内は、配線がむき出しだったり、古民具が置かれていたり、現代アートが飾られていたりと、客室ごとに多様な表情をしている。
「RC HOTEL 京都八坂」の魅力の一つである、屋上も案内してもらった。驚くほど近くにそびえ立つ、八坂の塔。日本一景観条例が厳しいこのエリアにおいて、こんなにも贅沢な眺めを堪能できる建物はわずかだ。景観条例ができる前の建物をリノベーションしたホテルだからこそ、京都の街を一望できるこの屋上スペースが残され、私たちはそれを享受できる。
「あの奥の山の麓までは、自転車で30分くらいで行けますよ。意外と近いでしょ。」地図を開くように街を眺め、指差しながら教えてくれたのは、マネージャーの中島さん。彼らは今、この「RC HOTEL 京都八坂」で働く正社員メンバーを募集中だ。彼らが創り出す宿泊体験は、この建物が持つ「京都っぽい」性質と共にある。
「めちゃめちゃ京都っぽいんですよ」
まずは、どういった経緯でこの建物でホテル運営をするに至ったかを、株式会社51ActionR&D代表 水口さんに伺った。株式会社51ActionR&Dは不動産とリノベーション事業を営む会社であるため、ある時、水口さんにこの物件の相談が来た。
「話がきた当初は、全部で15部屋の共同住宅でした。観光地のど真ん中という場所柄から、この建物ならホテルとしての運用だなと思い、ホテル事業を始めました。ホテルをやるのは初めてだったのですが、特に不安はなかったです。僕は元々広告代理店に就職して、IT企業に転職して、そこから不動産業で独立しました。なので、新しい業種をやるのはもちろん大変ですけど、できなくはないと思っていましたね。」
2017年に「RC HOTEL 京都八坂」を開業し、自社スタッフでホテル運営を続けてもう5年が経った。歴史を受け継ぎホテルとなったこの建物の魅力は、ある意味では非常に「京都らしい」ものだと水口さんは語る。
「僕は大学まで京都にいたんですけど、つまんなくなって東京に行ったんです。京都は良いけど、やっぱり地方都市のひとつで、つまらないと思う部分もある。伝統を重んじなきゃいけないとか、コミュニティが小さいので、人の顔を見ながらやきゃいけないとか。僕、そういうのがあまり向いてなくて(笑)。(伝統などは)大事にしつつも、もっと気楽にいたいんですよ。
でも、実は京都って、伝統がありながらもアンダーグラウンドカルチャーが東京よりも早く発展してたりするんですよね。この建物って、そういう意味ではめちゃめちゃ京都っぽいです。日本で一番厳しい景観地区に、この建物は、この子だけは勝手に立ってるんですよ。伝統に囲まれながら、違和感があるものも存在している。そのバランスがすごく京都っぽい。」
この建物が存在していることが、京都の深いところに根付く「面白さ」を物語っていると気付かされた。今後もここで「RC HOTEL 京都八坂」の運営を、粛々と続けていく。それがさらに京都を先鋭的で面白い街にしていくのだろう。
「記憶に残るホテル」のギリギリを攻める
「RC HOTEL 京都八坂」はハード(設備)が特徴的なこともあり、運営には「サービスをゼロベースで考えられる人」を求めているそうだ。
「ホテルというのは(お客様の満足度が)100点になって初めて、クレームが出ないんですよ。逆を言うと100点にはしなきゃいけない。でも、うちのホテルは(4階建てで)エレベーターがなかったりとか、寒かったり暑かったり、隣の声が聞こえたりとかもするので、万人に来てもらっても満点の評価は得られないホテルなんです。
だからこそ『うちに来たくて泊まりに来てくれる人』とマッチングさせて、喜ばすことができるサービスを、柔軟に考えられるスタッフがいたらいいなと思いますね。」
ホテルはこうすべき、という固定概念のようなものは「RC HOTEL 京都八坂」にはない。以前は、日本語を話せないフランス人のスタッフを採用しようとしたこともあったとか。「物語のなかに入り込むような滞在演出」を考えた時に、日本人が英語で接客されるのも面白いのでは?と思ったそうだ。
「カッコつけた言い方になりますけど『京都泊まるんやったらあそこは一回行っときや』って言われるようなホテルになりたい。京都にはホテルがいっぱいあるけど、特にデザイン、設計、アートとかが好きな人が、何か刺激を受けるために行くんだったらここは行っとかななあかんでみたいな、記憶に残るホテル。」
万人受けする快適なホテルを作るというよりも、「記憶に残るホテルのギリギリを攻める」からこそ、柔軟でクリエイティブな思考が必要だ。お客さんに喜んでもらい、お金をいただく方法を、ゼロから考えられる人が求められている。
こだわりを纏う
続いてインタビューしたのは、「RC HOTEL 京都八坂」のマネージャー中島さん。出身は兵庫県だ。以前は京都の西陣にあるホテルで働いていたが、そこで働くにあたって「RC HOTEL 京都八坂」で1ヶ月研修をしていたというご縁もあり、1年前に「RC HOTEL 京都八坂」に戻ってきた。「RC HOTEL 京都八坂」での研修期間は「ビビるくらい楽しかった!ホテルで働く意味の最たるものを見た感じ」だったと語る中島さん。オリジナルの真っ青なユニフォームに身を包み、穏やかに笑う。
「ユニフォームいいでしょ。腰回りがコルセットのようになっているかと思えば、中華っぽいオリエンタルな雰囲気もあったりして、チャイナシューズがよく合うんですよ。ここは海外の人が多くいらっしゃる場所ですし、いろんな文化のミックスがこの服に表現されています。毎日これを着て、この空間で働くのは、テンション上がりますよ。歩く時も自然と背筋が伸びちゃいますね。」
女性スタッフのユニフォームも見せてもらった。ひらっと動きのあるロングジャケット。ナット風の留め具は、コンクリート造の建物の雰囲気にぴったり合っている。うん、見惚れるほど、本当に素敵だ。
コンセプトという答えを、先に言ってしまっては面白くない
「RC HOTEL 京都八坂」は、あえてコンセプトというものを表に出していない。コンセプトとして「物語のなかに入り込むようなホテル」「廃墟のようなホテルに泊まる」などと謳ってしまうことで、ゲストがそれ以外の捉え方をできなくなってしまうと彼らは考えている。「コンセプトは答えのようなもの。答えを先に言ってしまっては面白くない」と、先ほどの水口さんも言っていた。では、あえて言語化するなら、中島さんたちは現場でどんな滞在体験を作っているのだろう?
「強いて言えば、作っているのはギャップです。まず、京都の観光地ど真ん中なのに、この異質な建物があること。ぼろっちい見た目なのに、中に入ってみたらすごくスタイリッシュなこと。クールなホテルスタッフだなぁと思ったら、めちゃくちゃフレンドリーだったとか。そういう何段階ものギャップで、ゲストの記憶に残る滞在を創りたい。」
「RC HOTEL 京都八坂」のミッションステートメント(行動指針)は「心地よいサプライズでお客様を喜ばせよう」。きっとこの幾重にも重なるギャップは、ゲストにとって忘れられないサプライズ体験になる。
「ビジュアルがかっこいいので、泊まるだけで満足して帰ってくれるゲストも多いのですが、それ以上の価値を見出してもらうにはやっぱり接客しかないかなと思う。宿泊体験をより豊かにするアクションをいつも考えています。僕はとにかくゲストとコミュニケーションを取ります。ご飯やさん選びに困っていたりしたら全力で!ゲストに合わせて10個くらいリストアップしてあげたりして!(笑)ホテルでの滞在だけではなくて、京都での滞在をより良くするお手伝いがしたいと思ってます。」
「うちのホテルスタッフは、京都の魅力を発信する立場」である、と中島さん。お客様に対してどういうアプローチがしたいかというのが明確で、京都の良いところ・面白さを積極的に知って自分の言葉で伝えられる人が絶対に向いている、と話した。「RC HOTEL 京都八坂」のスタッフは、クールな印象とは裏腹に、ハートフルでゲストとの距離が近い接客を楽しんでいた。
この場所が意味する「京都っぽさ」を
「RC HOTEL 京都八坂」では、たびたびアートにまつわるイベントや展示などが行われる。先日もホテルの前の敷地でアーティストによる「陶器市」が行われたり、セルフポートレートの催しがあったりと、わざわざ京都に足を運びたくなるような個性的な企画が多い。こういったアート展示やイベントなどをスタッフが企画運営できることも「RC HOTEL 京都八坂」で働く魅力のひとつだ。
「お声がけするアーティストさんは、京都の大きいイベントなどによく参加されている方というよりは、あえて京都の外でいろんな活動してる人にお願いすることが多いですね。京都の人でさえ初めて知るようなアーティストさんを呼ぶほうが、面白い。京都はちょっと村社会的なところがあるので、アートイベントをやるならディレクションは誰、呼ぶのはあの人、みたいに顔ぶれが決まってきちゃったりします。偏りが出てしまうので、そうじゃない企画にしようよと。
僕が入社する前の、ホテル開業してすぐの頃なんかは、ホテル前の敷地でスケボーイベントをやったらしいです。この街に、DJを呼んで。それ、めっちゃクールやん!!って思いましたね。」
「RC HOTEL 京都八坂」の軸にあるのは、歴史や伝統を重んじる街だからこそ尖った存在であろうとする思いだ。
「鉄筋コンクリート造陸屋根4階建て」のこの建築は、京都の八坂に今もただ建っている。この場所で、現状や固執した考えにとらわれず「京都っぽさ」「RC HOTEL 京都八坂らしさ」を考えてみたい人へ。京都という街での滞在を、唯一無二のものにできる舞台が揃っている。