箱根の森に囲まれ、至福の時を過ごすお宿「強羅花扇 円かの杜」。
フロントのスタッフが、柔らかい笑顔で出迎えてくれた。入り口で靴を脱ぐ。足音がやわらかく響く畳の床で、ゆったりと過ごす時間。非日常でありながら自宅に帰ってきたような居心地の良さを感じさせる。
客室は全部で20室。どの部屋にも飛騨の匠の手で作られた木製家具が置かれ、露天風呂が設えられている。客室だけでなく館内の至る所で、神代木や埋没木といった、太古の時間の流れを感じさせる木々がふんだんに使われているのも、このお宿の魅力のひとつだ。
畳と天然木を基調とした館内が温もりと落ち着きを感じさせてくれる、癒しの空間。今回はそんな「強羅花扇 円かの杜」で、仲居として働く人を募集している。
こちらのお宿の仲居は若い方を中心に、館に愛を持って働いている。その裏側には「仲居ファースト」な旅館の環境づくりがあった。取締役女将の松坂さんと、入社2年目の若手仲居 山本さんにインタビューさせていただいた。
働いている人が、幸せであってほしい
「強羅花扇 円かの杜」を運営する「花扇グループ」は、1992年に岐阜県高山市で元々民宿として営業していたお宿を旅館「飛騨亭花扇」として開業したところから始まった。取締役女将を務める松坂美智子さんのお父様が「花扇グループ」の会長を勤めている。
松坂さんは元々、名古屋の会社に勤めていた。しかし社会人3年目、家業を引き継ぐために高山へ帰郷。当時23歳だった。「飛騨亭花扇」で17年間働いたのち、神奈川県箱根にやってきた。
2009年「強羅花扇 円かの杜」開業からは女将としてサービスを担い、ここでのおもてなしの在り方を一から創り上げてきた。「お客様の空間は、サービススタッフの動きが最後の仕上げ」と語る松坂さん。高山での仲居経験を糧に、おもてなしの技術と想いをより具体的にスタッフへ浸透させてきた。
「宿泊料金は決して安くはないと思うのですが、お休みに来ていただくのだから、お客様がリラックスできるようにつかず離れず、でも痒い所に手が届くようなサービスをしていこうね、とスタッフと話しています。」
「サービスは考える仕事」だと言う松坂さんの宿に、マニュアルはない。マニュアルに頼るのではなく、目の前のお客様のため何ができるかを常に考え、「旅館という空間の中でくつろいでいただけるようにお手伝いする仕事」をしてほしいからだ。しかしこの考えが統一されるまでの道のりは、決して簡単なものではなかった。
「幼少期より母が民宿を切り盛りしている姿をみて育ち、家業を手伝うことが当たり前の環境で育ちました。ですが旅館を開業してからは、サービスを勉強したとはいえ、お客様に喜んでいただけるサービスの提供には、まだまだ程遠かった。サービスのレベルもさまざまでした。」
「少し具体的にお話しすると、夕食前に、温めておいたおしぼりを着席前につけるか、お客様が座られてからお渡しするか。お客様の到着を外でお迎えする為に、玄関で立って待っているかどうかなど。ホテルや旅館では当たり前のことですが、当たり前のサービスを定着させていくのは、なんと難しいことかと思いました。」
最初の頃は、お客様からのクレームも多くいただいたと言う。
「せっかく予定をあけてお金を払って家族みんなで楽しみに来てくださっているのに、本当に申し訳なかった。さらにお客様に喜んでいただけるお宿にするには、スタッフの充実が肝心だと思いました。スタッフも心豊かでなければ、働いている人が幸せでなくては、いいサービスは提供できない。お客様はもちろんですが、働くスタッフも幸せになれる会社を創りたいと思いました。」
確かに、心身ともに余裕のない状態で仕事をしていたら、お客様にこうしよう、ああしてあげようというアイデアが浮かぶ余白さえもなくなってしまうだろう。一般的に従業員満足度(ES=Employee Satisfaction)は顧客満足度に深く関係しているというが、ヒト対ヒトのサービス業だからこそ、それは現場で如実に現れる。
そんな経験を経て、強羅花扇 円かの杜にて構築されてきたのが、仲居を初めとするスタッフ達が働きやすくなるような、運営における数々の工夫だった。例えば、以下のような取り組みだ。
・仲居の人員数に合わせて予約に制限を設けるその日の人員で対応できる件数以上は、宿泊予約を取らないようにすることで、仲居の負担を減らす。
・チェックイン時間の変更チェックイン開始時間は当初14時だったが、中抜け勤務の休憩を長く取るため15時に変更した。
・職場の雰囲気の改善
かつては、板場の料理人などの中に気性の荒い方もいた。お客様の要望に対応してほしいことを伝えただけで怒鳴るような方もいたが、そういった余分なストレスがかかる状況を地道に改善し、働きやすい雰囲気作りに努めた。
「先頭に立ってサービスしてくれる仲居やスタッフの笑顔なしに、旅館は成り立たないんです」と穏やかに話す松坂さん。
働く人を大切にすることが、お客様の満足度につながると考え、女将達は改善した。これほど「働きやすさ」を仲居目線で考え、運営に取り入れている旅館は珍しいのではないだろうか。
仲居のライフスタイル
実際に働いている仲居は、現場やプライベートでどんな日々を過ごしているのだろう。新卒で強羅花扇 円かの杜に配属となり、2023年で2年目となる山本さんにお話を伺った。
千葉県出身の山本さんは、専門学校でホテル科を卒業した。就活の際は「お客様に接客する時間の長さ」を軸に考えていたため、ホテルではなく旅館を選んだ。
「中抜け勤務」と呼ばれる仲居の働き方は、ちょっと特殊だ。中抜け勤務とは、数時間の休憩を挟んで長く働く勤務体制のこと。山本さんに一日の流れを教えてもらった。
仲居の一日は朝6時から始まる。6時45分に社員寮から迎えの車に乗って出勤したら、8時から朝食を提供し、11時頃に一度退勤する。お部屋で3時間ほど休憩したのちに、チェックインの対応と夕食のサービスのため出勤。夜の業務が終わるのは21時頃だ。
「中抜けの休憩中は、お昼ご飯を食べてお昼寝しています。休憩の後にまた新しいお客様をお迎えするので、休憩の間で気持ちを切り替えることができますね。お昼に自分の時間を取れるのもありがたいです。」
中抜け勤務だと、休日はチェックアウト後から始まり次の日のチェックインまでになる。特殊な働き方だからこそ、シフトを作るマネージャーは休日の作り方も気にかけてくれているという。
「休日はできる限り連休になるように、シフトを考慮してくださっています。新入社員の頃はリズムを作るのも大変だろうということで、月に1回3連休を作ってくれたこともありました。入社前は、半年に一回くらい実家に帰れたらいいかなぁと思っていたのですが、3連休中に帰ることもできて家族にもびっくりされました(笑)。入社当初から、マネージャーの竹島さんが休みの間隔や連勤日数についての希望を聞いてくれてありがたかったです。」
一人ひとりの希望になるべく合わせようと寄り添う姿勢に、働く人を何よりも大事にしたいという思いが感じられる。
不便さよりも、人のよさ
続いて、職場の人間関係について聞いてみた。「この職場を出身校の後輩たちにもオススメしたいと思いますか?」という質問に「はい!」と即答した山本さん。その理由は「とにかく人がいい」からだと言う。
「先輩社員はみんな優しくて、話しやすい雰囲気を作ってくれます。仕事も丁寧に教えてくださるので信頼しています。同期も仲がよく、同期の8人全員で旅行に行ったりもするくらいです!社員同士がいつも笑顔で接しているのが印象的です。」
「人がいいから、居やすい」というのが働く上での何よりの魅力だと語ってくれた。生活においては、コンビニが近くにない、車がないと移動がしづらいなどの不便さはあるが「だからこそお金も貯まります(笑)」と、山本さんははにかんで言う。都会とは違う良さを楽しめて、和気藹々と働きたい人にぴったりな職場だ。
働くということは、そこが自分の居場所になるということ
他の男性スタッフにも話を聞いたが、その方も強羅花扇 円かの杜に入社した決め手は「人」だと、迷いなく言っていた。また、過去インターンとして働いていたインドネシアの方が、社員として就職するケースも何度もあった。彼らが就職を決めた理由も、「どんな時もみんな優しくて、いい人だったから」。
働くスタッフが皆んな共感する、強羅花扇 円かの杜の「人の良さ」。
その背景にはやはり、女将の強い思いがある。先に述べたような、さまざまな角度からの労働環境の改善は「働く人が幸せでなければ、心豊かでなければ、いいサービスはできない」という確信があるからだ。
「働くということは、そこが自分の居場所になるということ。1日のうち寝てる時間をのぞくと、半分くらいは仕事に費やす時間になる。それはなるべく楽しくなくては。だから、職場では心豊かでいられるようにしたいんです。人間関係に悩むのではなく、自分の成長のための時間であってほしい。もちろん仕事なので厳しさもありますが、それが仕事の楽しさや、やりがい、人生の豊かさに繋がっていくと思います。」
「そのためには、働く方は周りとの調和やコミュニケーションを大切にできる人が力を発揮できると思います。例えば、仲居さんは他のスタッフから仕事上サポートしてもらう場面も多いので、チームワークが必要です。それぞれの部署の役割、仕事の内容を把握し、認め合う。互いがフォローできる。自分も誰かの為に何かする。それが嬉しい楽しいと感じる、そんな方に、ぜひ来てほしいです。
節度を持った仕事への楽しさを日々感じながら、自分を成長させてくれる職場だと思います。」
ホテル・旅館が乱立する箱根強羅エリア。強羅花扇 円かの杜はこれからも、ゆっくりと寛ぐことのできるこだわりの空間に、さらに磨きをかけていく。
自分にとっての「居場所」と言えるような職場で、あなたも「安らぎの空間の演出」に挑戦してみませんか。
文・ホテルみるぞー
写真・近藤 寛和